映画を倍速視聴していたら闇の軍勢になってしまった件~タイパは人生を変えた~

※ふざけているのはタイトルだけです


さて、多くの人がいい加減飽き飽きしていると思われる倍速視聴問題
邦キチでこのブログでも何度も批判してきた例の書籍が取り上げられたことで、またもや倍速視聴批判が巻き起こりました。
邦キチの作品自体には倍速視聴を批判する意図がないので、さすがに今回はそんなに盛り上がりはしないだろう?と思ったらそうはなりませんでした。
(といっても、トレンドに入るぐらい倍速視聴が批判されることは何度もあったので、それと比べると範囲はかなり小さい)

飽き飽きしているはずなのになぜいつまでも倍速視聴批判が続くのか?
今回出てきた様々な意見から、もう少し倍速視聴批判を考えてみたいと思います。


・世界を揺るがす、闇の倍速視聴者たち

今回の盛り上がりの特徴は、なんといっても闇の倍速視聴者たちの登場でしょう。
これは、若者はコンテンツに追われている、話題についていくためにやっている、といったものとはやや違う観点で、どちらかというと「時短で物事に詳しくなろうとしている」という部分が発展したものと考えられます。
どういうものか。

コンテンツを現代の大きな流れ、トレンドとして捉え、
「それらのトレンドを抑える」「(サブカル的な)知識を深める」そして「ビジネスに役立てる」。
これらを効率的に行えるのが倍速視聴、倍速でコンテンツを学ぶことは、ビジネスにおけるスキルを磨く行為なのだ。

細かい差異はいろいろあるでしょうけど、大まかにはこういう感じの存在なんだと思います。
作品を楽しむのではなく、意識の高い会話のやりとりとして、映画などの感想を言い合うことを目的としているだとか、そういったコンテンツから現代社会を読み解いたり、ニーズを見つけ出したりできるからビジネスに役立つ、みたいな考えをもつ集団がいる、ということらしいのです。
確かに、これは闇深いです。なんだか嫌な感じ、確かにします。こういう人たちが跋扈している。

いや、それ本当!?

そりゃ、一部の意識の高い人たちの中で、倍速視聴すれば効率的なんだよ!というライフハックが流行ってるというのはストーリーとしてはあり得ますよ?
しかし、そんな集団が大量に現れて倍速視聴を褒め称えて推奨しているような光景、本当に見たことあります?

よしんばいたとして、それが倍速視聴する人の大半にあたるなんてこと、どう考えてもありえなくないですか。
倍速視聴は若者の間で流行しまくっているんですよね?若者って、そんな意識高いヤバいやつらだらけなんですか?

倍速視聴はしゃらくさい大学生やサラリーマンがやるので印象が悪い

しゃらくさい大学生やサラリーマンが日本に大量に出現してるのならさすがにちょっとヤバいですし、確かにこの闇の勢力を恐れるのは理解できます。
でもそれは想像上の闇の勢力なのではないでしょうか?
現に、上記の発言をしているアカウントもその後「実際にいるのかは知らないけども」と言っていました。
知らないのに言ってるんですか!?
さすがにズッコケましたよ。
「知らんけど」が若者の間で流行しているみたいな(真偽の分からない)話を見たことありますけど、あまりにも美しい「知らんけど」が批判側から出てきたのでその話も眉唾なんじゃないかと思えてきました。

というか、この意識の高い闇の倍速視聴者を批判する流れ、明らかに邦キチの描写に引きずられてるんですよ。
自分は今までも何度も倍速視聴の話をしていて、どういう批判が出ているか見てきたつもりですけど、「意識の高い奴らがやってる恥ずかしいことだ」みたいな批判、今までほとんど見かけなかったですよ。

あの作中の描写はあくまで創作、ギャグの一部でしょう。
意識の高い人たちを実在性を感じるレベルでリアルに描くことに成功した服部先生が素晴らしいとしか言いようがないですが、
そこをベースに批判を始めてしまうのはかなり恥ずかしいことのように思います。


・倍速視聴は本当に意識が高いのか?

もうちょっと闇の倍速視聴者を考えてみます。
闇の倍速視聴者の行う意識高いバトルでは、倍速視聴していると言えば優位、勝てるということになると思います。
しかし、相手が「倍速視聴しないことの方が価値がある」という理屈を出してきたら、本当に勝てるでしょうか?
倍速側は効率の一点張りになるのに対して、
倍速を否定する側は、間の取り方がどうとか、作者の意図がどうとか、作品鑑賞とはなんなのかだとか、いろんな勝ち筋があるように思います。
というか、オタクもそういう意見が勝ち筋だと思っているから言ってるわけですよね。

つまり倍速視聴、意識が高いと言うには、弱くない?

倍速視聴を否定する方が、意識が高い発言できるように思いません?
「効率=意識が高い」みたいな考えに取りつかれすぎなんじゃないかと思います。

例えば、ものが少ないほうが効率いいよねという場面で、ものが多いほうが素晴らしいだろとは言い返されません。
ものをたくさん置くマニアとかいません(いても少数派)からね。あいつら意識高くてキモいとしか言えないわけですよ。
意識高くてキモいとしか言い返されないから、通用するのです。
でも、倍速視聴はガンガンに反論されてます。本当に意識高ぶれます?

よく考えてほしいんですが、倍速視聴、意識高いか低いかで言えば低いに分類されますよ。
倍速視聴を否定するほうが、どう考えても意識高ぶれますって!!
というか、倍速視聴を否定しているオタクは意識が高い!!!

それとも、意識が高い界隈では意識が低いことを意識が高いと言い張っているってことですか?
だいぶ無理があるように思うのですが。


・「効率を意識すること」を異端だと思いすぎている

今回、倍速視聴を否定している人にとても多かったのが、「効率なんて」という意見でした。
なんだか、効率を意識することをとてつもなく異常な行為だと思っているようなのです。

ちょっと不思議すぎますよね。
効率を意識するのは闇の倍速視聴者のやることだから、つまり異常で異端だと考えているのでしょうか。
しかし、時間を無駄にしたくない、お金を無駄にしたくないと考えるのは誰でもやっているようなごく普通の考えでしかありません。

あのラーメン屋はおいしいんだけど、行列ができていて2時間待ちです。
待ちますか?2時間は待てない?なぜでしょう。とてもおいしいのに

最寄りのスーパーで買ったら120円だけど、20分自転車をとばして隣のスーパーまで行けば同じ商品を100円で買えます。
さあ、どこで買いましょうか?

このような例を挙げるまでもなく、誰もが効率を多かれ少なかれ意識して生活しています。
田舎の山奥に住んで、のんびりスローライフしていますという人が「効率なんて」と言うなら納得するしかないですが、
「便利で効率のいい都市部」に住むことを選んで「便利で効率のいい電子機器」に囲まれて生きている人間が、
自分を棚に上げて「ちょっとした効率」をあげつらうのっていったい何なんでしょうか?

確かに、この「効率」をあまりに突き詰めて考えると「意識が高い」闇の勢力と同じということになるでしょう。
でも、倍速で映画を見るという程度のことが本当にそこまで「突き詰めた」結果だと思いますか?
「2時間待ちのラーメン屋には並べない」これと同じレベルのことではないでしょうか。

ラーメン屋は食べたらすぐ終わりのものでしかないから2時間の価値はない!
しかし映画は素晴らしい芸術、作品であるから、2時間ぐらいは当然だ!

これはオタクの中でしか通用しないと認識すべきじゃないでしょうか。
2時間待ちのラーメン屋に並んでいる人に「たった2時間も待てないなんてつまらない人生だな」って言われたらどう思います?
あなたがやっているのはそれです。

動画サイトのプレーヤーについてる再生速度設定をいじるなんてことは、本当にちょっとした効率にすぎないのです。


・「早送りの本質」とは?

倍速視聴批判者がやることと言ったら、いつだって倍速視聴する人の動機の解明です。
そんなものは余計なお世話だろとしか思えないのですが、それをやってお金儲けしようと考えたのが例の書籍なわけです。
ですが、そもそも倍速視聴は異常だからそこには異常な動機があるに違いない!という決めつけをしているところが多すぎます。

ここまでも散々言ってきましたが、
再生速度設定を変更するなんてことはめちゃくちゃ簡単で普通にできることで、異常でもなんでもないんです。
だから動機だって単純明快ですよ。

多くの人にとっての倍速視聴する理由とは、

「ちょっと早く見れればちょっと得」で、これこそが本質です。
ちょっと得したら嬉しいよね。誰だってそうでしょう。

(この場合で言う「得」とは、結論を知れて得とか、あらすじが分かったら得ということではなく、楽しめたから得。
店頭に同じような商品が並んでて、一方はちょっと安い。だったら、そこに強い動機付けがなくても安いものを買う
それぐらいのこと、誰にだってありませんか。

倍速視聴はそれを実行するという強い意志によって行われると考えているのが大きな誤解であって、
まあこれぐらいは倍速でいいかな~、とか、別に大した動機がなくても簡単にできることなんですよ。

このことからも分かりますが、強い動機に動かされているのは安い方を買ってる人ではなく、高い方を買っている人です。
したがって高いほうを買っている人、ここでは倍速視聴しない人の方が、意識の高い発言をすることになります。

ではなぜ以前は倍速視聴という風潮がなかったかといったら、
「店頭の同じ棚に並んでいなかったから」です。今は並んでいます。
倍速視聴するためにちょうどいい倍速再生できる環境を自分で用意しなければいけないとなったら、倍速視聴する人は激減するでしょう。

「体験」は重視する風潮があるっていう話もありましたが、それも「環境がない」がほとんどの理由のはずです。
時短で体験できて「得できる」のなら、それを選ぶ人はいくらでも出てくると思います。

今までは「同じ棚に並んでないから横並びの選択肢になっていなかった」だけで、
同じ棚に横並びに陳列されたら消費者の行動は変わります。しかし、そこに大きな考え方の変化があるとは限らないでしょう。
ちょっと得しそうなことを選択するというのは、昔から誰でもやるようなごくありふれたことなのです。


・タイパという叩き棒

後ろめたいのか、タイパという言葉を作り出して正当化しているのがしょうもない

タイパというのはコストパフォーマンスの親戚、タイムパフォーマンスのことなんですが、
いや、そもそもね?
倍速視聴批判され始める前からタイパなんて言葉が流行っていたという事実があるんでしょうか?

倍速視聴する若者たち!彼らは作品の視聴をコストとパフォーマンスで考える。
時間がかかるというのはコストなのである。若者は、タイムパフォーマンス、タイパを重視しているのである!

どう考えてもこういう倍速視聴批判から生まれてきたような言葉ですよね?
そう、倍速視聴批判を正当化するための(他人にレッテルを貼ることを目的として使われる)言葉なんですよ。
少なくとも、ネット上でタイパという言葉を使っているのは、倍速視聴を批判したい人だけですよね?

倍速視聴をしてる人に、なんで倍速視聴なんかするの?って聞いたら、そりゃ効率がいいからって言うでしょう!
聞くからだよ、それは!!
倍速視聴する人の思考を解き明かす!みたいなこと言って聞いて回ったら、そりゃ効率がいいからって言うでしょう!
別に大して意味もないですよ~なんとなくだよ~とは言わないよ!

真面目に考えて、ちゃんと答えようとしますよ。そしたら、効率がいいから、って誰でも答えます。
でもそこに動機の強さは反映されていません。
同じ棚に並んでいる商品の安いほうを買う理由をいちいち聞かれたら、安くて得だから以外に言えませんよ。

得意げに早送りしてるって言ってくる

聞くからでしょう!!

我先に早送りしてるって言ってくるシチュエーションって一体何なんですかね。不自然すぎるでしょう。
それに、早送りしないと言ってるあなたも大概得意げですよ。
棚、棚と言ってますが、自分を棚に上げて他人を批判するのはやめたほうがいいです。
早送りしてるとわざわざ言ってくるの、あなたの普段の態度が意識の高いオタクでうざがられているからなのでは?


・自分たちの視聴態度は問わない不思議

自分を棚に上げていると言っていますが、倍速視聴する人たち、なぜか自分たちの視聴態度は度外視していることが多いです。
作品を鑑賞するための万全の環境、姿勢と健康状態を整えて、作品のみに集中して鑑賞する。
ここまでのことができている人がどれだけいるのでしょう。

倍速視聴の話はそんな大げさなことじゃない!と言われそうですが、
その通り、倍速視聴とはそんな大げさなことではありません。
ちょっと画質が悪い環境だとか、ついついスマホを見てしまうとか、映画館で隣の客が鬱陶しいとか、それぐらいのことでしかないんです、倍速視聴というのは。

少なくとも、ツイッターで実況しながらテレビ見る」とかよりはよっぽど集中して見ているはずですよ。
なぜツイッターとのながら見するかって言ったら、その理由は時短じゃないですか?
1作品見終わってから感想を交わしあうことより、その場その場で反応していくほうが、あらゆる点で「効率がいい」ですよね。

なぜ画面から目を切ってツイッター見れるかと言ったら、
「一連の会話のやり取りが終わってだいたいこれぐらいのタイミングで映像にワンテンポあくシーンがある」というのを経験的に知っているからでしょう。
これと、「会話のないシーンは飛ばす」がどれほど違うと言うのでしょうか。

ではどうしてこんなにも自分のことは棚上げできるのか。
これは前回の記事で言ったことですが、
倍速視聴をしつこく否定してる人たちは「自分の大事なものが軽く見られている気がして気分が悪い」という感情で動いています。
つまり、憤りの本質は「軽く見られていること」なんですね。
自分に対しては「大事なものは軽く見てない」と思っているので、ここで話は終わりになります。
したがって、他人に口出しできるほど自分は立派な視聴体験をしているのか?は問題にならないのです。
「いや、我々だって他人に誇れるような視聴態度じゃないよね?」と言ってる人で倍速視聴だけ否定している人とか見たことありませんし。

映画のテレビ放送で一部カットされているものはどう考えているのか?も、この前回の結論から解を導けます。
映像をカットしている主体は視聴者ではなくテレビ局で、「軽く見ている」のはテレビ局なのです。
だからテレビ局には憤るけれども、視聴者におかしいぞとは言わないということになりますね。


・若者に理解を示したい老人問題

こういうのもありました。

倍速視聴、最終的に倍速視聴を許してあげなければいけないよねってなることも面倒

これ、単に倍速視聴叩きの面倒な点じゃないでしょうか。
倍速視聴叩き、どうしても若者批判の色がついてしまいます。(実態としてもそういうところが大きいので当然ですが。)
しかし、若者叩きをする大人って格好悪いよね、っていう認識が誰にでもある時代です。
そうすると、でも若者にも事情はあるよね。しょうがないよね。私が時代遅れだよね、という結論になってくるのです。

件の倍速視聴本もほとんどこの流れでてきています。
面倒なのは倍速視聴問題ではなく、若者に理解を示したい老人です。

そもそも倍速視聴、他人に許しを請う必要なんてありませんから。
倍速視聴許してくださいと言ってる人が発端ではありませんよね?発端はいつも倍速視聴を批判したい人ですよ。


・大人ほど都合のいいなろうテンプレでものを言う

タイパはなろうテンプレのチートそのもの
だからタイパをやりたがる

こじつけの極み。
「考察」が好きな人って何でもこじつけますよね。
消費行動を社会にこじつけるのがふた昔前のオタク論壇でしたが、
作品の趣味を個人の思想にこじつけるのは一昔前のオタク論ですよ。
チートで最強!を見てるのは、自分もチートで最強になりたいからなんかではなく、
チートで最強の主人公を見ることに単純明快な楽しさがあるからです。
努力してまあまあ強くなる作品が好きな人は努力してまあまあ強くなりたいと思ってるんですか?そんなわけないですよ。
追放系がウケているのは同じように追いやられてるやつらの願望だ!って、追放される人間、そんなにたくさんいますか?
こういう時代遅れの議論、ここで言うのは避けたかったですが、時代遅れの人が倍速視聴を叩いているなら仕方ないことのように思います。

今はなろうとかいう浅いくだらない作品ばかりが人気なのだ!という価値観のままの人がいますけど、
ちゃんと最新の作品をチェックしている人でそんな考えの人はいないと思います。時代に追いついてから時代を語りましょう。

だいたい、タイパをやれば利口になったつもりになれるからやっているのだ!って、これ、
倍速視聴を批判すればオタクぶれる、通ぶれるからやっているのだ!って言い返されたらおしまいですからね。意味がありません。
倍速視聴する理由を自分に都合のいいようにこじつけて理解したフリをする。これがあの一連の倍速視聴批判の正体です。


ここまでの話をざっくり総括して終わりたいと思います。

倍速視聴する人間に偉そうに上から目線で見られる!という「とてつもない被害妄想」を抱えている人たちがいるが、
実際にオタクを誇って、オタクをアイデンティティにしている人たちは、ほぼほぼ倍速視聴を否定しているという現実がある。
空想上の闇の勢力ではなく、現実を見るべき。

効率というのは誰もが考えている一般的な事柄で、一部の異常者だけがやっていることではない。
倍速視聴はとても簡単にできる非常に軽いカジュアルな視聴方法にすぎず、そこに強い動機を見出そうとすると誤る

倍速視聴なんかしたら作品を正しく読み解けない、それでは一流のオタクになれないんだぞ!!って、そんな説教やめときなさいよ、おじいちゃん。なりたくないよ、一流のオタク。

 

 

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余談
いや、倍速視聴にはこういう見方もあるんだが?という意見、
もしくは、トンチキ倍速批判がありました!という報告をいただける場合、ここに名無しでコメントしていただいて結構です。
有料fanboxでこっそり反論してこれが利口なインターネットの使い方だと主張されるよりは有意義になると思います。


前回お寄せいただいた情報:

倍速視聴を批判している人の中に、
「倍速視聴しているなら、レビューに倍速視聴しているって書け!」という主張がありました。

私の見解:
そういう方は、まずレビューをありがたがるのをやめたほうがいいでしょう。
再生速度に限らず、レビュー・評論・批評というものは投稿者がどのような視聴スタイルをとっているかは全くの不明ですし、
レビュー投稿者の利害関係やどのようなバイアスがかかっているかも不明です。
仮にそれらが明記されていたとしても、それらが事実である保証はどこにもありません。

つまり、レビューが信頼に足るものなのかどうかはレビューの内容で判断するべきなのであって、
それができない、したくないのであればレビューを参考にするのは控えた方がいいと考えられます。

倍速視聴者が増えるとレビューの質が落ちる!と考えているのであれば、杞憂であるとしか言えないと思います。
倍速だろうが等速だろうが、いいレビューを書ける人は書けますし、書けない人は書けないでしょう。もし倍速視聴しているかどうかがレビューの質に著しい影響を与えるのであれば、見ればわかるのではないでしょうか?